1、特許証
特許証

特許証その他
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(北野進著 「臥雲辰致とガラ紡機」より)
臥雲辰致、甲村滝三郎、武居正彦は前章で記した経緯を経て、明治21年10月10日付で東京市庁経由で、農商務大臣宛に「綿糸紡績器械専売特許申請書」を提出した。上に掲げたものは、特許申請から約一年経過した明治22年9月に認可された「紡糸紡績機」の特許証である。
2、「特別審査願」
時間は前後するが、辰致は特許申請の20日程後に特許の審査を特別に早くしてもらおうと、「特別審査願」を提出したと思われる。「特別審査願」の下書きが残っているので掲示する。
「特別審査願」の下書き

(岡崎美術博物館所蔵)
「特別審査願」の解読
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特別審査願
明治二十一年十月十日付ヲ以テ、御庁ヲ経由シ、専売特許ノ義ヲ其筋へ出願致シ候綿糸紡績機械ノ義ハ、綿糸紡績上頗ル有益ノ品ニ有之、一朝此品民間ニ普及致シ候上ハ、広ク細民ノ一 業卜相成ルノミナラズ、或ハ外国製ノ紡績機械卜競争スルニモ立至リ申スベク、実ニ御国益ノ筋卜確信致シ候。
抑モ和製綿糸紡績機械ノ義ハ、私共ノ発明ニ有之、去ル明治十年御開設ノ第一回内国勧業博会へ出品シ、鳳紋賞牌ヲ受(臥雲辰致一名ノ名義ニテ拝受セリ、以下同ジ)シ、同十四年第二回内国勘業博覧会へ出品シ、進歩二等賞牌ヲ拝受シ、同年中褒賞条例拠テ、第九号ヲ以テ藍綬褒赏ヲ拝受セリ。右ノ履歴卜其ノ必要卜ニ依テ、現今ニ於テハ其使坩殆ド全国ニ普ク、就中其最モ行ハル、地方ヲ愛知県三河国トス。
該州ハ近年其特有物産ナル生綿ノ全部ヲ紡績シ猶才元料ニ不足ヲ生ズルヨリ、毎歳弐、参拾万円ノ生綿ヲ他国ニ仰グノ盛況ニ御座候。然ル処、今般改良機械ノ発明アリシ説該州ニ伝播シ、為メニ改良機械ノ購入又ハ従来ノ機械ヲ改良器械ニ改造等ノ義ヲ申シ込ムモノ続々有之、従来ノ機械ハ措テ顧ミルモノナキガ如シ。
故ニ從来ノ機械ハ頓ニ其販路ヲ失シ、順テ該事業ノ職エハ徒(いたずら)ニ手ヲ拱シ居リ候状況ニ御座候故ニ、此儘(ことごとく)曠日ヲ紐過スルトキハ、啻(ただ)ニ綿糸ノ製額に影響ヲ来スノミナラズ、或ハ活路ノ一途ヲ欠キ、之ガ為メ窮困ニ陥イルモノナカラン哉卜深ク憂慮致シ候得共、改良機械ノ義ハ目下専売特許出願中ニシテ、需要者ノ求メニ応ジ難ク候。侬テー日モ早ク特許ヲ仰ギ、自他ノ便益ヲ相営ミ度、就テハ重々恐入リ候次第ニ御座候得共、出願ノ順序ニ拘ハラズ、特別ノ御詮議ヲ以テ、迅速御審査相成様、其筋へ御申立成シ下サレ度、此ノ段奉-願上候也。
明治二十一年十月十日付ヲ以テ、御庁ヲ経由シ、専売特許ノ義ヲ其筋へ出願致シ候綿糸紡績機械ノ義ハ、綿糸紡績上頗ル有益ノ品ニ有之、一朝此品民間ニ普及致シ候上ハ、広ク細民ノ一 業卜相成ルノミナラズ、或ハ外国製ノ紡績機械卜競争スルニモ立至リ申スベク、実ニ御国益ノ筋卜確信致シ候。
抑モ和製綿糸紡績機械ノ義ハ、私共ノ発明ニ有之、去ル明治十年御開設ノ第一回内国勧業博会へ出品シ、鳳紋賞牌ヲ受(臥雲辰致一名ノ名義ニテ拝受セリ、以下同ジ)シ、同十四年第二回内国勘業博覧会へ出品シ、進歩二等賞牌ヲ拝受シ、同年中褒賞条例拠テ、第九号ヲ以テ藍綬褒赏ヲ拝受セリ。右ノ履歴卜其ノ必要卜ニ依テ、現今ニ於テハ其使坩殆ド全国ニ普ク、就中其最モ行ハル、地方ヲ愛知県三河国トス。
該州ハ近年其特有物産ナル生綿ノ全部ヲ紡績シ猶才元料ニ不足ヲ生ズルヨリ、毎歳弐、参拾万円ノ生綿ヲ他国ニ仰グノ盛況ニ御座候。然ル処、今般改良機械ノ発明アリシ説該州ニ伝播シ、為メニ改良機械ノ購入又ハ従来ノ機械ヲ改良器械ニ改造等ノ義ヲ申シ込ムモノ続々有之、従来ノ機械ハ措テ顧ミルモノナキガ如シ。
故ニ從来ノ機械ハ頓ニ其販路ヲ失シ、順テ該事業ノ職エハ徒(いたずら)ニ手ヲ拱シ居リ候状況ニ御座候故ニ、此儘(ことごとく)曠日ヲ紐過スルトキハ、啻(ただ)ニ綿糸ノ製額に影響ヲ来スノミナラズ、或ハ活路ノ一途ヲ欠キ、之ガ為メ窮困ニ陥イルモノナカラン哉卜深ク憂慮致シ候得共、改良機械ノ義ハ目下専売特許出願中ニシテ、需要者ノ求メニ応ジ難ク候。侬テー日モ早ク特許ヲ仰ギ、自他ノ便益ヲ相営ミ度、就テハ重々恐入リ候次第ニ御座候得共、出願ノ順序ニ拘ハラズ、特別ノ御詮議ヲ以テ、迅速御審査相成様、其筋へ御申立成シ下サレ度、此ノ段奉-願上候也。
明治二十一年十一月一日
東京府本郷区湯島梅園町壹番地服部庄九郎方同居寄留
長野県平民 臥雲辰致
同府同区同町同番地同人方同居寄留
同県平民 武居正彦
同府同区同町同番地同人方同居寄留
愛知県平民 甲村滝三郎
この「特別審査願」には、およそ次の内容が書かれている。
1、この機械は素晴らしい綿糸紡績機で、この機械が普及するとこの機械を使って生計を立てる人が増えるとともに、外国製の紡績機械と競合することが可能となり、国の為になる。
2、新しいガラ紡機が出るとのうわさが広まり、従来のガラ紡機を設備する人がいないばかりか、ガラ紡機の改造を求める人が多く、それが綿糸の生産に悪影響を及ぼしている。
3、以上の理由から、新しいガラ紡機の特許審査を、届け出の順番に拘わらず優先して行って欲しい。
2、新しいガラ紡機が出るとのうわさが広まり、従来のガラ紡機を設備する人がいないばかりか、ガラ紡機の改造を求める人が多く、それが綿糸の生産に悪影響を及ぼしている。
3、以上の理由から、新しいガラ紡機の特許審査を、届け出の順番に拘わらず優先して行って欲しい。
上に掲げた「特別審査願」は下書きであるから、この願い書が正式に出された物か否かはわからないし、さらに出されたとしても、これによって特許審査が早まったものか否かも判断できない。
4、特許は成立したが
新ガラ紡機が特許取得後に、製造されたのか、製造されたとしたら何台製造されたのか、など全く資料が残されていない。しかも辰致はこの後明治23年に、この機械を基にした新しい特許願いを提出しようとしている。
結局この機械も、更にこの機械の改造された機械も、実際に従来のガラ紡機の代わりに、使用され無かったと思われる。
すなわち、西洋の紡績機に匹敵する、細くて強い綿糸が紡績可能なガラ紡機を作るという臥雲辰致の悲願は、ここでも叶わなかった。
結局この機械も、更にこの機械の改造された機械も、実際に従来のガラ紡機の代わりに、使用され無かったと思われる。
すなわち、西洋の紡績機に匹敵する、細くて強い綿糸が紡績可能なガラ紡機を作るという臥雲辰致の悲願は、ここでも叶わなかった。
5、新ガラ紡機の技術的評価
臥雲辰致が始めて特許を取得した新ガラ紡機に関する、後の研究者による評価は、決して高いとは言えない。しかし筆者は、一技術者として、この機械の持つ緻密な制御構造を高く評価する。ガラ紡機、新ガラ紡機の技術的な評価に関しては、別な章で書くことを予定しているので、ここでは簡単に書くが、現在制御系を有する機械というのは、ほぼ100%自動制御の構造を有する。自動制御とは、機械が動作する一定の条件を設定し、機械がその条件で動作するように制御する方法である。そのために、機械の出力を設定値と比較して、その差の一部を入力に加える、フィードバックという手法がとられる。初期ガラ紡機に於いて、綿糸の張力制御は、クラッチを入り切りする、ON-OFF制御であり、明確に張力の一部をフィードバックしているとは言い難い面があった。すなわち、長い目で見ると、確かに自動制御と言えなくは無いが、そのフィードバック量を計算しようとすると、張力に関わる要素が多く、殆ど困難であった。しかるに、新機構に関しては、ある一定の張力がかかると、自動的に棉繊維を筒から引き抜く構造を持っており、完全なフィードバックによる自動制御といえる。
つまりこの機械の構造を以て、臥雲辰致はその天才的な発想を遺憾なく発揮しているといえるのである。
つまりこの機械の構造を以て、臥雲辰致はその天才的な発想を遺憾なく発揮しているといえるのである。