2、仏像や重宝の行方について(7)
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2−28 「石造蓮華型天水鉢」
備考:
場所:場所:松本市波田盛泉寺山門脇
盛泉寺山門の脇には、巨大な石造蓮華型の天水鉢があります。 若澤寺へ寄進したのは嘉永四年(1851)神林村の信濃屋こと野口庄三郎の名が彫られております。 明治六年(1873)の廃仏毀釈の競売(せり)では安藤縫次が天水鉢を代金三十匁で落札して、旦那寺の盛泉寺へ寄付しております。
2−29 水沢観音堂外壁の「木彫雲竜欄間」
備考:
場所:松本市波田水沢観音堂
盛泉寺境内の水沢観音堂表壁面の欄間額には雲竜の彫刻が目を引きます。 かって信濃日光と呼ばれて栄えた若澤寺中堂救世殿の軒下壁面を飾った、木彫雲竜欄間です。
2−30 盛泉寺に移った「西国三十三観音石仏」
備考:
場所:松本市波田盛泉寺参道脇
盛泉寺の参道脇には、若澤寺が廃寺になった明治六年ころに、 他の石仏などと一緒に、盛泉寺境内へ緊急避難させた西国三十三番札所めぐりの石造観音像が並んでいます。 なお観音像の台石は寄進者名が彫り込まれてあり、寺跡に残っております。
2−31 山形村へ移った「宝篋印塔}」
備考:
場所:山形村穴観音
山形村竹田の穴観音の山上に移されている「石造宝篋印塔」は若澤寺の最上段にあった、七堂伽藍の一つです。 塔は巨大な台石の上にあったもので、今も若澤寺跡には台石が残っております。 また文化四年(1807)栄豊法印これを建立として、造塔の由来が書かれた石碑も寺跡に残っております。
2−32 水沢観音堂に「若澤寺歴代住職の位牌」
備考:
場所:松本市波田水沢観音堂
水沢観音堂には、旧若澤寺の歴代住職たちの位牌が残されております。 中でも尭朝法印の位牌には、師の功績として、観音堂と田村殿の屋根を銅瓦葺きにしたこと、 若澤寺を談林所に格上げしたことなどが記されております。
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