2、仏像や重宝の行方について(8)
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2−33 兆殿司作の「岩座白衣観音の掛軸」
備考:
場所:松本市波田盛泉寺蔵
旧若澤寺から盛泉寺が預かった伝兆殿司の「岩座白衣観音の掛軸」は、 宝暦四年(1754)に若澤寺住寺の栄運が金二分で購入とあります。 また慶応四年(1868)の什物帳には「紛失して見当たらない品目」に入っているが、 その後見つかり、盛泉寺が保管しております。
2−34「八面大王の石剱」が盛泉寺に
備考:
場所:松本市波田盛泉寺蔵
盛泉寺の宝物の中には、隆仁記にある若澤寺名物として、 田村将軍が征伐した有明山の鬼人八面大王が使っていたと伝えられる、 石造りの「飛行剱」が三つに折れたまま、袋入りで保管されております。 八面大王の伝説中に出てくる石剱が残っているなど、ロマンに満ちた遺品だと思います。
2−35 水沢観音堂の「護摩台」
備考:
場所:松本市波田上波田阿弥陀堂
盛泉寺境内の水沢観音堂には、護摩台が保管されております。 明治六年の預かり帳には護摩台五つとあります。
2−36 小島氏寄付の「坂上田村将軍座像」
備考:
場所:松本市波田上波田阿弥陀堂
波田地区上波田の阿弥陀堂境内には、国重文の「田村堂」があり、 そこに祭られているご本尊は衣冠束帯の坂上田村麿座像です。 この木造は、宝永二年(1705)水野家臣の小島九郎右衛門が若澤寺へ奉納したものです。
2−37 「若澤寺参道の丁石」
備考:寛永12年(1635)造立(松本市重要文化財)裏参道丁石享保21年(1736)) 場所:第10,13,14,16丁の丁石は参道に他第4,15丁と丁不明3基は阿弥陀堂境内に移されている裏参道に第12丁目の丁石あり
波田地区上波田の阿弥陀堂境内には、四丁目と十五丁目の丁石が寛永十二年(1635)六月吉日と刻印され健全に残っております。 水沢谷の参道には、現在十丁目、十三丁目、十四丁目、十六丁目の四本が残っております。 破壊して残ったのは四丁目、七丁目と十五丁目は一部分が阿弥陀堂の境内に移されております。 中沢から登る裏参道には享保二十一年(1727)の刻印で十二丁目の丁石が残されております。 丁石群は松本市重要文化財に指定されております。
2−38 阿弥陀堂には「西光寺絵図」
備考:
場所:波田地区上波田高齢者クラブ保管。
 阿弥陀堂には、「西光寺絵図」を波田地区上波田高齢者クラブが保管しております。 絵図の内には若澤寺と西光寺に関係する古い史料が書き込まれているため、史料として価値が高いものです。 西光寺絵図は、松本市重要文化財に指定されております。
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