鍵が無い! | |
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胸騒ぎ
私が事務所に居ると女房から電話がかかってきた。
こういう時は大抵悪い知らせである、娘でも病気になったのかなと私は考えた。 電話の向こうで女房が少々あせって「鍵が無いのよ。」と言った。 「え!今どこに居るんだ?」私が尋ねる。 「自分のアパートよ。」当然のことの様に女房が応える。 「鍵が無いのにどうやって入ったんだ?」私が尋ねる。 「部屋の中で鍵が無くなったのよ。」女房が応える。 女房が言うにはこうである、本日娘の友達が4〜5人来て、夕方まで遊んでいったとのことである。 子供が遊びに来る時は当然親の奥さん方も一緒である。 さて皆が帰って、外に出ようとしたらいつも鍵を置いて有る、サイドボードの上の鍵が無くなっている。 あわてて色々なところを探し回ったが、どこにも見つからないとのことである。 「なーんだ」と私は安心した、多分ソファーの間かそんな所に入り込んで見つからないだけではないか、そう思ったのである。 「帰ったら一緒に探すから」と言って電話を切った。 その日の晩にアパートに帰り、女房と一緒に鍵のありそうな所をくまなく探したが、鍵は見つからなかったのである。 大体において我々夫婦の持ち物など知れており、応接セット、サイドボード、食事テーブル、テレビ、ベット、大きいものは これ位しかなく、くまなく探すといってもたいした手間では無かったのであるが。 しょうがないから、明日会社に行って秘書に合鍵を作って貰おうと私は考えた。 大変なことになったかも...
翌日私は事務所に行って、私の鍵を出してこの鍵の合鍵を作ってほしいと頼んだので有る。
秘書は私が差し出した鍵を手にとって見て、眉をひそめて次の様なことを言った。 「この鍵は番号がふってあって登録制である、この様な鍵は大家さんの承諾書が無い限り複製は作れないのよ。」 ドイツのアパートは今では日本でも多くなってきたが、全体の入り口が一つあって、そこに鍵がかかっている、 我々が入る時は、先ず玄関の鍵を開けて、其の後自分の部屋の鍵を開けることになる。 鍵は一つであり、玄関の鍵はアパートの各部屋の鍵と共通になっている。 アパートの住人を訪ねてきた人は、アパートの玄関に有る各部屋別のインターホンで連絡をとる、 そして各部屋の住人がインターホンに付いているボタンを押すことで、玄関の鍵を開けられる様になっていた。 秘書は更に付け加えて、この鍵を無くすと大変なことになるかもしれないと言った。 私はいやな予感がした。 秘書は続ける、安全の為に玄関のドアの鍵と、全てのアパートの部屋の鍵を交換することになる、鍵の交換は手間賃も 入れると一つに対して600マルク(6万円)位で、私のアパートは7軒有るので玄関と合わせると、 5000マルク(50万円)位の出費になると言うので有る。 これを聞いて私は焦った5000マルクは我々夫婦にとっては大金である。 其の晩再び私のアパートで家捜しが始まった、しかしいくら探しても鍵は出て来なかった。 切羽詰まった女房は鍵がなくなった日に我が家を訪れた奥さん方に、間違って鍵を持って行かなかったか 電話で問い合わせをしたが、間違って鍵を持って行ったと申し出る奥さんは居なかった。 結局鍵は出てこない、私たちは覚悟を決めなければならなかった。 翌朝私はやむなく不動産やを通じて、大家さんに鍵を無くしたことを告げ、どうしたら良いか、 聞いたのである。 ところがその日の午後不動産屋が新しい鍵を持ってきて、代金は20マルク(2000円)だと言う。 不動産やの言うことには、大家さんは鍵に名前が書いて有る訳ではないので、たとえ誰かが 拾っても、我々のアパートだとは判らないから安全であるとのことであった。 我々は安堵の胸を撫で下ろした。 女房が言うに「隣の不動産屋さんの年老いたお母さんのヤンセンさんに、いつも物をあげたり親切に していたことが、少しはきいたのかしら。」と。 女房が物をあげていたのは、遊びに来た子供たちが騒ぐので、苦情が来ないようにとのご機嫌取りであった。 ところで、あの無くなった鍵はいったいどこに行ったのであろうか? |